📞 公衆電話が消えた街で思い出す、あの頃と今
街や駅、そしてショッピングセンター、50代以上の方なら気付いていらっしゃいますよね。
あれ?ある物が無くなっている。
そう——電話帳と公衆電話です。
かつては街のあちらこちらに公衆電話がありました。駅のホーム、ショッピングセンターの片隅、学校の廊下、病院の待合室。どこへ行っても必ず見つかる、生活の一部でした。
しかしスマートフォンが普及してから公衆電話は静かに姿を消し、電話帳は完全に歴史の中へと消えました。
私は現在58歳ですが、あの緑色や赤色の電話機が並んでいた風景を思い出すと、胸の奥が少し寂しくなるのです。
🚉 高校時代、駅前の公衆電話から母へかけた電話
今から40年以上前。高校生だった私は電車通学をしていました。
電車の発車時刻まで少し時間があると、駅近くの公衆電話から専業主婦の母に電話を掛けていました。
「今から帰るね」「今日は少し遅くなるよ」
そんな短い会話でも、受話器の向こうで母が嬉しそうに応えてくれたことを覚えています。
10円硬貨を入れた時の”カチャン”という音、受話器のひんやりした感触、繋がるまでの僅かな沈黙——どれもが、今ではもう体験できない懐かしい記憶です。
🏫 校舎内の赤い公衆電話
高校の校舎内にも赤い公衆電話がありました。
昼休みになると、そこから家に電話をする生徒がちらほら。部活の連絡、帰宅時間の相談、忘れ物の確認。スマートフォンがない時代は、公衆電話が”家との連絡手段”そのものでした。
順番待ちしながら、受話器を握る少し緊張した気持ちまで思い出せます。
🚄 新幹線の車内にも公衆電話があった時代
今の若い人は驚くかもしれませんが、新幹線の車内にも公衆電話があったのです。
私は短大1年の3月、専攻の旅行で帰りに途中下車した際、新幹線の車内から自宅に電話を掛けたことがあります。
当時は電話交換手が電話に出て、「どちらにお繋ぎしますか」と訊かれる仕組みでした。
そのとき私は小銭を持っていなかったので、交換手から「コレクトコールにしますか」と尋ねられ、「はい」と答えました。
帰宅すると母から「コレクトコールしたでしょ」と言われ、少し恥ずかしくて、でもどこか嬉しい思い出です。
新幹線の車内で電話するという特別感。あれは、スマートフォンでは味わえない体験でした。
📱 Wi-Fiが故障した時、ふと思い出した公衆電話
最近、Wi-Fiが6日間も故障してしまい、スマートフォンだけが頼りの生活になりました。
なんとかスマートフォンは使えましたが、ギガ数が減っていく画面を見る度に不安が募りました。
「このままギガが無くなったらどうしよう」「スマートフォンが使えなくなったら連絡手段がなくなる」
そんな不安が頭をよぎり、ふと昔の公衆電話のことを思い出したのです。
”もしスマートフォンが使えなくなったら、公衆電話に頼るしかない”本気でそう思ったほどです。
でも今の街には、その”頼りたい公衆電話”が殆どありません。
便利になった筈の現代なのに、逆に不安を感じる瞬間でした。
☎️ 公衆電話のかけ方、覚えていますか
若い世代は、公衆電話を使ったことがない人が殆どです。中には、使い方を知らない人もいます。
私たち世代にとっては当たり前だった一連の動作——
・受話器を取る
・10円硬貨を投入
・ダイヤルを回す
・時間が切れそうになると再度10円硬貨を投入する
この流れは、今ではもう”知らない人の方が多い”時代になりました。
🌿 公衆電話が消えても、思い出は消えない
公衆電話は、ただの連絡手段ではありませんでした。
・家族との繋がり
・友達との約束
・部活の連絡
・恋人への電話
・旅の途中の連絡
その全てが、あの小さな電話機の前で生まれました。
スマートフォンが普及して便利になった今でも、公衆電話の前で10円硬貨を握りしめていたあの頃の記憶は、きっと多くの人の心に残っていることでしょう。
🌸 最後に
町から公衆電話が消えていくのは、時代の流れとして仕方のないことかもしれません。でも、あの頃の風景や、電話越しに聞こえた母の声は、今でも温かい思い出として残っています。
Wi-Fiが故障した時に感じた不安は、便利さに慣れた現代だからこそ生まれたもの。そしてその不安が、公衆電話の存在を思い出させてくれました。
皆さんは、公衆電話を使ったことがありますか。そして、公衆電話の掛け方を覚えていますか。
時代が変わっても、あの頃の記憶はきっと消えないものですね。