🛒 突然“買い物難民”になった私 ー スーパーが消えたら人生がこうなった
人生には、予想もしない出来事が起こるものです。宝くじが当たるか、芸能人に遭遇するか、そういう華やかな話ではありません。私の場合は ー 自宅近くのスーパーマーケットが突然消えた。
これだけで生活がガラッと変わるなんて、だれが想像したでしょうか。
■ 引っ越しを決めては「スーパーが近い」だったのに
今のマンションに引っ越す前、私は慎重に内見をしました。
「駅はちょっと遠いけど、スーパーが近いから大丈夫」「バス停も近いし、これは勝ち物件だわ」
そう思って、引っ越しを決意。スーパーまで徒歩5分。この”5分”がどれほど尊いものだったか、後で身に染みて知ることになります。
■ ある日突然の”嘆願書”事件
去年8月。いつものように買い物に行ったら、店内に見慣れない紙が貼られていました。
「営業存続の嘆願書」
······嘆願書?え、嘆願書って、お願いしているの?お願いしているってことは、もう決まりかけているってこと?
頭の中で「えっ?」「えっ?」「えっ?」とエコーしました。
家に帰ってSNSを観ると、既に5月頃から「閉店します」の記事が出ていたらしい。
私だけが知らなかったの?地域ニュースに置いて行かれたの?
その瞬間、心の中でスーパーのテーマ曲が流れました。(※実際には流れていませんが、そんな気分でした)
■ スーパーが消えた日、私の生活は修行になった
そして本当に閉店。そこから私の買い物は、まるで”筋トレ”のようになりました。
● 行はまだいい
荷物ゼロ。バスに乗ってスイスイ。
● 帰りが地獄
買い物袋3つ。両腕に抱えてバスに乗り、降りて、そこから徒歩。
腕はパンパン。手はジンジン。夏は汗で体中ベトベト、冬は寒くて体が縮こまる。
「これ、もしかして私、鍛えられている?」「いやいや、そんな修行いらないから」
毎回そんなツッコミを心の中で入れながら帰宅しています。
■ 看板だけが残るスーパー前で立ち止まる私
閉店したスーパーは建物がそのまま残り、看板もまだ外されていません。
その前を通るたび、私は立ち止ってしまいます。
「どうして閉店してしまったの?」「私、あなたを頼りにしていたのに」「戻って来てくれないかな」
看板に向かって心の中で語りかける姿は、もはや”スーパーの亡霊に呼び掛ける人”みたいになっています。
でも、それくらい生活の中心だったのです。
■ 同じ経験をした人はいるのか?
調べてみると、全国に”買い物難民”になった人は沢山いることが判りました。
・高齢化で客が減って閉店
・人手不足で閉店
・大型店に負けて閉店
・建物が老朽化で閉店
理由は色々ですが、「生活の中心だったスーパーが突然なくなる」という経験は、意外と多くの人がしているようです。
つまり私は”珍しいけどよくある悲劇”の主人公だった訳です。
■ スーパーの存在は、生活の”縁の下の力持ち”だった
近くにスーパーがあるということは、ただ便利なだけではありません。
・心の安心
・生活のリズム
・毎日の負担軽減
・暮らしの選択肢
その全部を支えてくれていたのだと、失って初めて気付きました。
今はバスを利用しながら、重い荷物を抱えて帰る日々。でも、あのスーパーがあった頃の暮らしを思い出すと、ちょっとだけ笑えて、ちょっとだけ懐かしくて、ちょっとだけ寂しくなります。
■ 最後に
スーパーが消えたことで、私は突然”買い物難民”になりました。でもその経験を通して、「当たり前にあると思っていたものが、どれほど大切だったか」ということを深く知りました。
そして今日も、閉店したスーパーの看板を見ながら思います。
「あなたがいた頃の生活、すごく良かったよ」
※この画像はAIで作成しました。