🌻 暑中見舞いを書いていたあの頃と、忘れられない”不幸の葉書”の話

最近は暑中見舞いを書く人が少なくなりました。友人や親戚に季節の挨拶として送る文化は昔はとても身近なものでしたが、今ではメールやSNSが主流となり葉書を出す人は年々減っているように感じます。

暑中見舞いは、梅雨明けから立秋まで。立秋を過ぎると「残暑見舞い」になるという季節の決まりも、葉書文化が薄れていく中で忘れつつあります。
そんな暑中見舞いにまつわる、私自身の”忘れられない出来事”があります。

✉ 中学1年の夏、クラスメイトに送った暑中見舞い

今から16年前。私が中学1年生だった頃、クラスメイトに暑中見舞いを出しました。
当時はまだ携帯電話がなく、葉書で季節の挨拶を送るのが当たり前。私は丁寧に言葉を選び、心を込めて書きました。
「喜んでくれるかな」「返事が来るといいな」そんな気持ちでポストに投函したのを覚えています。

😨 返ってきたのはまさかの”不幸の葉書”

ところが—–返って来た葉書を見て、私は凍り付きました。
そこには、普通の返事ではなく、「この葉書と同じ内容を何人かに送らないと不幸が訪れる···」とのことで、「えっ·····どうして?」「私は暑中見舞いを送っただけなのに」。
中学1年の私には理解できない内容で、怖いというより”訳が判らない”という気持ちが強かったのを覚えています。
「何なのこの不幸の葉書、せっかく私が暑中見舞い出したのに」と思いながら、その葉書は気持ち悪いので捨てました。

🕊後から知った“理由”

後になって、その葉書を送ったクラスメイトが新興宗教に傾倒していたことを知りました。
その人は宗教を信じていない、だから”不幸の葉書”を送ってきたのだろう、と理解することにしました。
中学生の私にとっては衝撃的で、「世の中には色んな価値観の人がいるんだ」と初めて実感した出来事でした。

🌿暑中見舞いは、人と人をつなぐ優しい文化

暑中見舞いは本来、「暑い時期に体調を気遣う」「季節の挨拶を交わす」そんな優しい文化です。
だからこそ、あの出来事は今でも忘れられません。
最近は葉書を書く人が減ってきていますが、手書きの言葉はメールやSNSにはない温かさがあります。

🌼 おわりに

不幸の葉書は、内容そのものは短くても読む人の心に影を落としますし、決して良いものではありません。
今振り返ると、あの葉書は“人の心理を利用した迷惑行為”に過ぎません。しかし、受け取った側の心には確かに影響を与えていたのです。
「送らなかったら本当に不幸になるのだろうか」
「誰かに送らないといけないのだろうか」
そんな気持ちが胸の中で渦巻き、しばらく落ち着かない時間を過ごした記憶があります。

🗣コメントお待ちしています

・暑中見舞いを書いたことはありますか
・変わった返事がきた経験はありますか
・葉書文化についてどうおもいますか
どのような内容でも構いません。皆さんの体験や考えをぜひ聞かせてください。
※この画像はAIで作成しました。