🏬 消えていく百貨店の動画を観ながら ー 下関大丸がなくなるという現実と、私の街の記憶
YouTubeを何気なくスクロールしていると、「消える百貨店」というタイトルの動画が目に留まりました。来年8月末で下関大丸が閉店するので、どうしても気になり再生ボタンを押しました。
動画では、百貨店の仕事内容・残業・給料などの裏側が語られ、”百貨店が消えていく理由”として挙げられていたのは、
● ファストファッションの台頭
● 郊外型ショッピングセンターの拡大
● ネット通販の普及
● コロナ禍による客足の減少
どれも、私たちの生活の中で当たり前になってしまったものばかり。その「当たり前」が、百貨店を静かに追い詰めていったのだと感じました。
🏙 山口県の百貨店はついに1つだけに
下関大丸が閉店してしまうと山口県で百貨店が残っているのは、山口市の山口井筒屋だけになってしまいます。
周南の近鉄松下百貨店、宇部井筒屋、そして下関大丸。ひとつ、またひとつと姿を消し、気付けば県内の百貨店文化はほぼ終わりを迎えています。
一方で、福岡には
● 大丸福岡店
● 岩田屋本店
● 博多阪急
と、今でも華やかな百貨店が並び、その賑わいを羨ましく感じることがあります。
🚢 かつて都会だった下関 ー そして“素通りされる街”へ
下関は、明治・大正時代には都会でした。人も物も情報も集まり、港町として活気に満ちていました。
しかし、
● 関門トンネル
● 関門自動車トンネル
● 関門橋
これらが開通したことで人の流れは下関を通り過ぎ、九州へ向かうようになりました。
街を通り抜ける交通網が整ったことで、下関は”目的地”でなく”通過点”になってしまったのです。
その結果、街は少しずつ衰退し、中心市街地の賑わいも静かに薄れていきました。
🕰 1950年の開業から76年 ー 下関大丸が消えるという寂しさ
下関大丸が開業したのは1950年。戦後の復興期に誕生し、街の象徴として76年間、下関の人々の暮らしに寄り添ってきました。
買い物だけでなく、家族との思い出、季節のイベント、ちょっと背伸びした特別な時間——大丸は、ただの商業施設ではありませんでした。
それが来年8月末でなくなる、私たちの買い物のスタイルも大きく変わりました。
● 郊外のショッピングセンター
● ネット通販
● フリマアプリ
便利で安くて早い。それは確かに有難いことです。
でも、「百貨店で買う」という特別感、店員との会話、ゆったりとした空気——そうしたものが失われていくのは、やっぱり寂しいものです。
🌅 街の記憶は消えない
百貨店がなくなっても、そこで過ごした時間や思い出は消えません。
下関大丸があったからこそ生まれた記憶があり、その記憶はこれからも私の中で静かに輝き続けます。
街は変わっていくけれど、心の中の風景は変わらない。そう思いながら、今日も下関の街を歩いています。