📘 昭和・平成・令和を生きて思うこと

令和になってから、テレビでは昭和・平成・令和を比較する番組がよく放送されるようになりました。その度に、私は昭和時代の生活を懐かしく思い出します。特にWi-Fiが故障してスマートフォンが使えなくなった時、「昭和は不便だったけれど、どこか安心できる時代だったな···」と胸の奥がふっと温かくなる瞬間があります。

🚍 昭和43年生まれが見てきた交通の変化

私が生まれた昭和43年頃、バスには車掌が乗っていました。母が運賃を手渡しで支払う姿を覚えています。
 ● 昭和:車掌が乗車、現金手渡し
 ● 平成:ワンマン化、プリペイドカード
 ● 令和:ICカード
便利になった一方で、人の気配が薄れていったようにも感じます。

📻 小中学校時代:録音はラジオ、映像はテレビだけ

小学校・中学校の頃はまだビデオがなく、ラジオにカセットテープをセットして録音するのが当たり前でした。
 ● レコードの音の温かさ
 ● 録音ボタンと再生ボタンを同時押し
 ● ノイズが入るのも味わい
今ではスマートフォンから音楽が流れ、動画はDVD・Blu-ray、そして配信サービスで楽しむ時代になりました。

🖊️ 学校の風景:黒板からパソコン画面へ

昭和の教室では先生がチョークで黒板に文字を書き、その音や粉の匂いまで授業の風景でした。
テスト用紙は藁半紙でガリ版印刷のインクの匂いが漂い、間違えたところを消しゴムで消すと紙の繊維がボロボロ取れてしまう——そんな記憶も懐かしいものです。

令和では電子黒板やパソコン画面が当たり前になり、紙の質感やチョークの音は現代の子供達が知らない世界になりました。

☎️ 家庭の黒電話と街の公衆電話

昭和の家庭には黒電話があり、街には必ず公衆電話がありました。
 ● 昭和:黒電話、公衆電話
 ● 平成:ポケットベル、携帯電話、PHS
 ● 令和:スマートフォン
連絡手段は便利になりましたが、どこか忙しさも増えました。

🚆 国鉄からJRへ、硬券からICカードへ

国鉄時代は硬券の切符が当たり前で、駅員が改札でカチッと鋏を入れてくれました。現在では、ICカードやQRコードのタッチで改札口からホームへと向かうことができます。

🚗 車の進化:ガソリン車からEV・電子制御車へ

昭和の頃はガソリン車が当たり前でしたが、令和では街中にEV車が走るようになりました。
ショッピングセンターでテスラ車の車内を見せてもらった時、「これはもう自動運転の一歩手前だ」と驚いたものです。車がここまで進化するとは、昭和の頃には想像もできませんでした。

🛒 買い物の風景:手打ちレジからキャッシュレスへ

昭和のスーパーマーケットでは店員が一つ一つ手打ちで金額を入力し、レジの音が店内に響いていました。
その後バーコードが普及し、今ではキャッシュレス決済で財布を出さずに買い物ができます。
便利になった一方で、昭和の「店員のちょっとした会話」や「レジのカタカタという音」は、もう戻ってきません。

🌿 戦後から81年、何もかもが変化していく時代

戦後から81年。私たちが生きてきた時代は、本当に何もかもが変化してきました。
昭和の不便さは、どこか”安心”とセットになっていました。令和時代は便利ですが、壊れた瞬間に生活が止まる不安もあります。

💬 皆さんは昭和・平成・令和にどんな思い出がありますか

昭和の温かさ
平成の移行期のワクワク感
令和の便利さと不安
三つの時代を体で経験してきた世代は、とても貴重です。あなたの昭和・平成・令和の思い出を、ぜひ聞かせてください。